日曜日の夜

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5時に目覚ましが鳴る。
5時半まで重力に抵抗する。
6時半までシャワーを浴びて朝食をとる。
8時まで移動する。
20時まで働く。
21時半まで移動する。
22時まで夕食をとる。
22時半までシャワーを浴び、寝る。

会社に入って3ヶ月経った。せっかくだし会社というものに入ってみようかと思い入ったものの、難しい日々が続く。
組織の人間という役割、向いているか向いていないかでいうと向いていないような気がする。
持ち前の神経質さと内向きかつ傲岸な考え方が災いして、前途多難である。

不慣れな業務内容、億劫な通勤、億劫な報告連絡相談、億劫な忖度。
これらの社会人にとって典型的な障壁があり、それらももちろん無視できない程度に負担ではあるが、最も鬱陶しいのは均質たれという同調圧力なのではないかと思う。
人生の節目のイベントー何歳までに結婚、出産、家を購入、昇進すべきーといった話に始まり、ホッチキスの使い方がどうのといった細かい点にまで、明文化されているにしろいないにしろ一定の決ま

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メモ帳を開くと入社3ヶ月後(つまり先月)のメモが書いてあった。↑
疲れた日の帰りに書きながら寝てしまった記憶がある。
それから1ヶ月が経過して、まあ慣れの部分もあり(慣れなのか、摩耗なのか?)、相変わらず会社に行くのは億劫ではあるが、まあ先月よりは行きたくなさは薄れた。
上のメモを見返して思い返したことがある。社会人に対する(と言っても自分ももうそれなんだけど)ちょっと悲しい気分。
会社には色々な人がいて、しかし同時に、先月書きかけたような均質さが要求されているのも事実で、主にその均質さ由来のがっかり感、みたいなものがある。
職場には結構尖ってる人がいて、ちょっといきがっていたりする。しかしその人も上司には抵抗しきれず、あとで愚痴を言っていたりする。
またほかの人はちょっとアウトローな雰囲気を醸し出している人なのだけど、その割にちょっとしたルールに敏感だったりする。
さらにある人は、普段は大層スマートというか切れ者なのにお酒が入ると大学生みたいなノリになったりする。

大組織には本来かっこいい人々をダサくしてしまう作用があるのだろうか。
会社人であることからは逃れられないという束縛感。
というか、逆に言えばそこからはみ出せるような人はもう会社にはいない。

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新たに学ぶことは多く、あっという間に一週間が積み上げられていく。
得る知識は多いような気もするが、ふと気付くと会社特有のノウハウがほとんどのような気もして、普遍的な能力を獲得しているわけではないような気もする。
どこでも生きていけるような力を身に付けたいが、その組織で生きていくための経験にしかなっていない気がする。

・・・これでいいんだっけ?

最近漫画『かくかくしかじか』を読んだ。
なんとなくぼんやり生きてきた私には突き刺さる漫画だった。あ~思い返して苦々しい気分になってきた。
そういう人は、できるだけ早く読んで。あと『G戦場ヘヴンズドア』とか『ハックス!』も。いいかも。

かくかくしかじか 1 (愛蔵版コミックス)

かくかくしかじか 1 (愛蔵版コミックス)

まぁそういう漫画を読んだこともあって、このままで良いのだろうかという疑問は、すり減らさずに取っておかないとなと思ったので、メモっておいた。

・・・このままでいいのだろうか?何が?どうして?

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メモ帳を見返すと、先週末金曜の夜に書かれたメモがあった。↑
疲労が募る中、ふとしたタイミングに焦燥感に駆られるようだけど、土日寝飛ばして過ごした今の私にはピンと来ない話だ。
平日社会に翻弄され、一息つくたびに「このままうだうだいってるうちになんとなく数十年経つのか」とゾッとして、休日はそれでもダラダラ過ごして、終わる。

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とか言ってるうちに、日曜の夜だ。

寝るとまた月曜日が来る。

ではまた。

焦燥感の矛先

2018年になって約二ヶ月が経つ。

学校を20時頃に出て高田馬場を歩く。あと2時間くらい頭を使うつもりだったのに。
嘘である。夕方くらいには帰る前にお酒でも飲もうかななどというナメた考えが頭に浮かんでいた。

寒い。早稲田通りを早足で歩く。
浮かれた人々が足をフラつかせて駅へ向かう。深い赤色をしたボブのクールな女が身体をしならせながら男にもたれかかっている。全然クールじゃない。屋上でタバコでも吸っていたら、あるいは足を組んで楽器でも弾いていたらキマりそうな風貌なのに、もったいないなぁと思う。男は少々うんざりした足取りで女を連れて行く。

こんなことをしている資格は本来無いんだけどなとは思いつつも、手はドリンク1杯200円のバーのドアを引いている。 騒がしい話し声が身体を包む。

「何名様ですか。」「一名です。」「カウンターへどうぞ。」

カウンターに座る。周りには一人の客は見当たらない。大人しく話し込むカップルが数組、それと喧しく話しているのは同性の集団だ。

「注文はQRコードからどうぞ。」

おしぼりとQRコードの載った紙が配られる。携帯端末の所有を前提としたシステムに少し面食らう。21世紀初頭。
カクテルの種類など詳しくないのでこのテの店に来たらとりあえず前に友達が頼んでいたマンハッタンを注文することにしている。 画面をスクロールし、マンハッタンをタップする。

バーは混んでいた。目の前でバーテンダーが手際よくカクテルの山を作り上げていく。注文システムが変わってもカクテルの作成はまだ自動化されていない。 バーテンダーは高速で調合し続ける。それでも注文の山をさばくのには時間がかかる。私はおしぼりを弄ぶのも飽きて、やり場に困った視線をiPhoneに向ける。バーでiPhoneというのもどうかと思うけれど、こういう時もはやiPhoneは単なるツールを超え避難所のようなモノになっているような気がする。

最近は日中ほとんど会話をせずにキーボードを叩いて過ごしているため、声の出し方もちょっと下手になった気がする。一人で来てる同じような人がいたら何か会話など出来ないかなどと思って来たけれど、見当たる範囲には一人で来ている人間はいない。黙々とiPhoneに指を滑らせる。

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「マンハッタンです。お待たせ致しました。」

飲む。いつも通り美味しい。アルコールの感触がやや強い一方で清涼感のある味がする。何が入っているのだろうと毎回調べるけれど、すぐに忘れてしまう。

親密そうに話し込む両隣のカップルと後ろで騒がしく話す女の集団に囲まれ、私はiPhoneでメニューを一通り確認し終え、バーテンダーの手元を見るともなしに見ながら、飲む。 酒飲んでる場合なのかという考えも薄れ、だんだんどうでもいいような気分になってきて、言い訳をする様にちびちびと何度も酒を口に運ぶうちに、カクテルが無くなっていく。
メニューでマンハッタンの近くにあったニューヨークを注文する。マンハッタンにニューヨーク。。果たして味は違うのか。

隣のカップルが勘定を済ませて立ち去った。その時までその二人の陰に隠れてよくわからなかったけれど、その向こうに一人で来ていると思しき女の人が居る。 色白で輝いていたが視線だけなんだか憂鬱そう、というか無愛想な感じがする。なんとなく皮肉っぽい口調が似合う、翳のある美人。ちょっと話しかけてみたいと思う。一人で来ているのだろうか。連れがいて今席を離れているだけだろうか。5席くらい向こうにいるから話しかけるには席を立たなくてはいけない。そうするには騒がしい女集団の横を通らないといけない。そもそも一人で来ているとしても話しかけても良いものだろうか。一人でバーに来ているということは一人で飲みたいのではないか。

「ニューヨークです。お待たせ致しました。」

とりあえずニューヨークを飲む。マンハッタンの方が断然好みの味がする。

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2018年の約6分の1が終了した。

はてなブログのアカウントを作ってから、少し記事を読み漁る時期があった。日常系のブログの中には、自己肯定感の低い方の自己肯定感の低い記事が結構ある。そんなのを見ては、ああこういう人は結構世の中にいるんだななどと心強く(?)思うけれど、それらの記事を読んでいくとその人達も結構な頻度でブログを更新していて、勤勉だと思う。暇人というわけでもなさそうであり、忙しくても一定の頻度で更新していたりする。いや、やっぱり暇なのだろうか。仮に暇ではないとして、テレビでも見た方が気楽に過ごせるだろうに何故文章を書くのだろう。日々の生活のはけ口というか、内省に用いているのだろうか。ウェブで公開する以上少なからず気を払って書いているようであり、それは結構な手間だと思う。それを継続しているだけでも自己肯定感を持っていいんじゃないだろうか。
きっとその人達は現実世界でも努力してキチンと社会適合的に振る舞っている。自己肯定感は低いようだが、世間ではそれを向上心が高いとも言うらしい。そう思って見直してみるとただの普通に真面目な人達にも見えてくる。
ところで、そういう人々に時折見られる傾向として自分だけでなく他人に厳しい傾向があるように思う。「こんなクズな自分でもこれくらいは出来るのにあなた達は…」という考え方をしていることがある。ように見える。それは自然な発想だと思う。

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「ロブロイです。お待たせ致しました。」

マンハッタンの方が好みだななんて思いつつ、気付いたらニューヨークも消えていて、それらと同じような味がしそうなロブロイが届く。好みの順序としては暫定2位、マンハッタン>ロブロイ>ニューヨークである。
最近ブログで読んだ文章やらを思い出しつつ、ぼんやり考え事をしながらバーテンダーの流れるような作業を見ていると、物憂げな彼女が立ち去ろうとしている。というか連れはいないことに気付く。騒がしい女集団の横をすり抜け、私の後ろを通って精算に向かう。帰り際に話しかけるのもどうかと思うが終電はまだ遠い。

『あの、もしよかったら少し話してくれませんか。』

頭に浮かんだ言葉は口からは出てこない。彼女が会計をしている間、頭の中では彼女との会話が続く。

『え、いいですよ。もっと早く話しかけてくれて良かったのに。』『すみません、ちょっと遠くて。何か飲みますか?』

思い切って話しかければよかったという気持ちと、もしそうしていたらこちらから話しかけているのに挙動不審になって迷惑をかけていただろうという気持ちが3:7くらい。アルコールがもっと入っていれば天秤は逆方向に傾いただろうか。精算が済んで彼女は店を出て行く。明るい色のトレンチコートが眩しい。逆光のせいである。

私も帰ろうかと思う。ロブロイもなくなりかけている。

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人生の約3分の1が終了した。

約1ヶ月半前、不意に襲ってくる焦燥感から、友人と会って話した。焦燥感に襲われたとは言え、睡眠は精神状態をリセットさせてしまい翌日の朝にはまあ別にどうでもいいかという気分になってはいたが、友人は真剣に話に付き合ってくれた。ありがたい。

なんとかしないといけないかなぁとは思ったものの、それからの1ヶ月半は一瞬で経過する。まず卒業するために長々とした文章を書かないといけない。個人的にそういった類の文章は必要な情報が載っている限りにおいて短いほど良いと思うけれど、そうもいかない。加えて文章を書き始めると持ち前の神経質さが災いして細々とした部分が気になり延々と修正し続けることになり、かなり時間がかかる。wordも毎度の如く思うように動作しない。文書量が増え、終盤になるほど動作が重くなっていくのが腹立たしい。そういうこともあり、作業としては手間のかかるものであるけれど、精神的にはある意味楽だとも思う。すべきことがある程度明確だからである。
とりあえず卒業に必要な文章は完成し、その後様々の事務的な作業やらをするうちに一ヶ月半が経過した。

一ヶ月半前の焦燥感はある意味、すべきことからの逃避であって、逆にその後の日々は焦燥感からの逃避であったとも見なせるかもしれない。

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「お待たせ致しました。レッドエンペラーです。」

アルコールを摂った気がせず、ついでなのでもう少し試すことにする。前の3種はウイスキーベースと書いてあったが、これはラムベースらしい。オリジナルのものとのことだが、美味しい。マンハッタンと首位タイである。メニューから原料を見ることが出来、共通する原料が入っているなとその時思ったけれど、何だったっけ。
どの辺がエンペラーなのかはわからない。

話しかけたい人に遭遇することがあったら次こそ話しかけてみようなどと考えつつ、さらに3杯ほどカクテルを試してみる。
夜は短し歩けよ乙女とのコラボの偽電気ブランと、プレジデント、キューバン。偽電気ブランは薄味だった。プレジデントとキューバンは美味しいけれどレッドエンペラーの方が好みである。気に入ったのは結局ラムベースではレッドエンペラー、ウイスキーベースではマンハッタンということになる。

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もっと色々試してみたかったが、アルコールをある程度摂った気分になったので帰る。

寒い。しかし日中はもう2週間前くらいから春を感じる。

ロータリーには365日学生がいる。

電車に乗る。最寄り駅に着いて歩く。坂を下る。

ヘルメットを被ったおじさんが赤く光る棒を振っている。

もう一人のおじさんはその奥で建材に座って空を見ている。

坂を登る。

あと1ヶ月もすると会社人になる。

2018.02.26

リップクリームを塗るのが難しい

リップクリームを塗るのが難しい。スティックタイプの。

f:id:Nikaido:20180111090000p:plain:w300

上手な人は左の様に使いこなしている気がするのだけど、右のようになってしまう。

「リップクリーム 塗り方」で検索すると唇サイドに注目したリップクリームの正しい塗り方が出てくるけれど、リップクリームサイドに注目したものはあまり見当たらない気がする。
しかも「リップクリーム 塗り方 かわいい」とかまで関連キーワードで出てくる。リップクリームの塗り方までどうやったらカワイイかとか考えているなんて、なんていうか、途方もない。

ちなみに唇的には縦に塗るのが良いらしいです。そんなことしてらんないよね。

以上。

2018.01.11

TV番組:『天海祐希・石田ゆり子のスナックあけぼの橋』

TV番組『天海祐希石田ゆり子のスナックあけぼの橋』を見た。
本番組は不定期に放送されており今回が3回目。
この番組は、天海祐希さんがママ、石田ゆり子さんがチーママをやってる(チーママって何?チーフ?)スナックにお客さんとしてゲストが来るという体で話し込む番組である。
天海祐希さんのざっくばらんな感じと石田ゆり子さんの天然な感じや、ずんの飯尾さん(お巡り役)と友近さん(隣のスナックのママ役)がアクセントとなりつつ、ゲストの人とスナックで話すような話をして色々深掘りしていく感じが鍵である。と思っている。

私はこの番組が好きなのだけど、今回はゲストの人数がちょっと多すぎたのか(と思ったけど第二回とほぼ同じだった)、トークが満遍ない感じだったからなのか、内容が少し薄かったかもしれない。というか、サシで話し込む系が似合うゲストが多く、人が結構な人数集ってうまく話を回すような本番組とは少し似合わなかったのかもしれない。エンディングで天海さんが「んー…ちょっとウワベっぽくなかった?」「ホンネ聞けたかしら、あたし達」と仰っていたのが心に残る。
(あと今までの回では天海さんと石田さんにも話を振るゲストがいる気がするだけど、今回はそういう役回りの人があまりいなかったかもしれない。天海さんや石田さんが昔から気になるのでゲストと話しつつ彼女らの観も語って欲しいという期待が個人的にある。)

というのは置いておいて今回も面白かった。おすすめです。
今回のゲストでは松山ケンイチさんが特に良かった。まず、スナックに来たお客という設定に一番忠実な姿勢だったと思う。素なのかそうでないのかは置いておいて、本当に「スナックにぷらっときたあんちゃん」(by リリー・フランキーさん)といった風情で、なんてことない話をしているだけなのに、というかなんてことない話過ぎて逆にめっちゃ面白いという。TV番組らしからぬ感じというか本当にスナックを覗き見ているような気分になって、大変良かった。
普通に話しているだけなのに普通すぎて笑える感じ。テレビでテレビ番組然としてなさすぎて笑える感じ。お雑煮や年越しそばを上京するまで食べたこと無いっていう下りで小僧寿しの話をした時に皆さんがマジ笑いしてたのが良かった、一番笑えたのは休日の過ごし方について話していた時だけど。

後はスナック然としたトークではなかったけれど、蒼井優さんの酒豪感と、「付き合った人とはアルコール抜きで語り合いたい」観が印象に残る。

スナックを謳う以上、少人数で話し込む感じ(3-4人)の方がいいのではと思うが、不定期番組であるしこの番組でやることではないかもしれない。もうちょっと照明を落として、スナックの感じを今より忠実に出してトーク(同時多発的にトークして一部の会話だけ拾えたら良いのに)しつつ、急に石田さんが台本棒読みで展開して現実に引き戻される、みたいなちぐはぐな番組になると良いのかななんて。

次回も楽しみにしています。現状年1.4回くらいのペースだけど年数回くらいやってほしい番組です。好きな番組です。

以上。

2018.01.06

Re: Re: 映画:『勝手にふるえてろ』

映画『勝手にふるえてろ』を見た。2018年1月3日。

本エントリはネタバレを含む。エンディングについて思ったことを書いている。

12/5と12/23にも見たので、今回が3回目。好きな映画です。

tri-detune.hatenadiary.jp

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ドラマ:『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』

ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』を見た。
Amazonプライム会員ならAmazonプライムビデオで全話見ることが出来る。

見たのは2週間前くらいのことなのだけど、おもしろすぎてblu-ray boxまで購入してしまった。後述する通り本作はフェイクドキュメンタリーなのだけど、特典映像が大変充実していて、その特典映像の中にも本当のインタビューとフェイクインタビューが収録されており、見ごたえがある。

松岡茉優さんのファンになったから出演作品を全て見ようと思ったのがきっかけなのだけど、一つの作品を咀嚼するのに時間がかかることもあって、このドラマが2作目。毎日のように好きなシーンを見返している。

このエントリでは、

  1. ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』について。
  2. 松岡茉優さんについて
  3. 伊藤沙莉さんについて

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